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洞峰カップ雑記(恩師の定年) [高校バレー]

洞峰カップ二日目、会場へ高校の同級生で
同じバレー部だった友人が訊ねて来てくれた。
実際に会うのは、10年ぶり?もしかすると、それ以上かな(^^;;

仕事を抜け出し、昼休みを利用して来てくれたので、
時間が余りなかった。この時、友人は、久々にバレーを見たらしい。
「思い出すなあ、体育館でバレーやってたよな」友人が呟いた。
体育館・バレーボール・汗・渇き・仲間・・・・・・・。
今では、この友人に取って、良い思い出に成っているのだろう。
私に取って、こうして会うと、その時に戻れる友人が居る事に感謝だね。
「北◯先生は、ここじゃ無くて並木高校にいんだよ」と言うと
「イヤー、マツ悪い、時間が無いから、先生の所には行けないわ」
と言うので、「そうか、悪かったね、仕事だったのにな」と言い、
そのまま、体育館を出て駐車場へ向かった。
「とにかく、今日はお前の顔だけ見られれば良いと思って来たんだ、
ほんでよ、お前にじゃ無く、奥さんに持って来たモンがあるから」と
友人が保冷箱を差し出した。「おめぇにじゃ、ねえかんな、奥さんにだぞ」(^^;;
御礼を申し上げて、ありがたく頂いた。
帰宅し、それをかあちゃんに差し出し、箱を開けたら、
中には何と黒毛和牛のステーキ用の肉が入っていた(@@;;
エリはそれを持って、私に「お父さん写メ撮って」と言い携帯を差し出した(^^;;
直ぐさま、かあちゃんが友人にお礼の電話入れた。
私は、友人に「おめえのじゃねえ」と言われたが、早速、これを頂いた(^^;;;;;;
さすが、食肉加工工場の工場長だな。これを機に毎週つくばに行くかと
子供達に言うと、「最低な友達だわ」と言われた(^^;;;

友人と別れ、私は再び体育館に戻った。
会場2試合目が終わった時点で、昼休憩に入ったので、私はもう一つの会場、
並木高校へ向かった。私は、並木高校には初めてお邪魔をしたが、
友人も「優秀な学校だぞ」と言っていたが、とても優秀な進学校なのだそうだ。
体育館は2階にあり、入口へ行くと、試合をやっていた。
昼休みじゃ無いんだと思い、もう一度見ると、何と並木高校が試合をやっていた。
ベンチを伺うと、松◯先生と北◯先生が居られた。
その向こう側のコートに、潤徳の森◯先生が居られたので中へ入りご挨拶をした。
森◯先生は、北◯先生が私の恩師だと言う事を知っているので、
「会えた?」と聞いて下さったが、「試合中なのでまだです」とお答えした。

そのまま、試合が終わるまで、待っていようと思い、イスに腰掛け試合を
観戦していたら、ステージに居られた、芝◯の及◯先生が会釈してくれ、
ステージを降りて、わざわざ挨拶に来て頂いた。
それから、並木の試合を見ながら、色々な話をさせて頂いた。
昨日の試合の事、今日のこれまでの結果。今度、入学してくる三砂の子の話。
さっつんコーチに是非お会いしたいと、仰って居りましたよ←コーチ

そうこうしていると、並木の試合が何とフルセットに成ってしまった。
その時、時計を見たら、ウチの2試合目が始まっている時間だった。
それでも、私はこの日だけは、その場を離れる事が出来なかった。
最後まで及◯先生とこの試合を観戦した。このコートは芝◯の試合コートでもあり、
この次の試合が芝◯だった。2セット目の中盤から、芝◯の子供達がアップ開始。
子供達がアップをしながら、私を見つけ挨拶してくれた。
そこで「昨日さ、お前達の写真撮ったよ」と伝え、「どうやって渡そうか?」と訊ねた。
「連続写真でサーブ打ってる所を、全員撮ったよ」と言うと一人が「私、打って無い」と
嘆いていたので、「じゃあ、今度な」と答えた。

試合はフルセットで3セット目も、縺れに縺れ、27-25で並木が負けた。
及◯先生と、あるプレーが試合を左右する事に繋がって、そうなった時に
元に戻すのが大変だと話されていた。さっきまでの好プレーは何だった?と
ベンチでは胃の痛い事が多いと話されていた。
「どこも同じですよ」お答えしたが、ウチのベンチに座っているお方は
きっとこの両日で、胃が痛いを通り越して居ただろう(^^;;;;

そして、いよいよ北◯先生に、ご挨拶をする事が出来た。
並木の子供達が集まり、先生のアドバイスを聞いていた。
「まだまだ、課題が多いな」と評されている言葉聞こえて来た。

「こんにちは」「おっ、松◯か?久しぶりだな」とご挨拶。
そのまま、教官室へ通された。「お前はあっちの会場?」と話が始まった。
娘が卒業した事、進学先が先生に勧めて頂いた日体大では無かった事を報告し、
「先生、ご定年だそうで、お疲れ様でした」と言い、記念に買って行った品を渡した。
「俺にか?」と言うので、「きっと、嘱託で残られると思ったので、ジャージです」
と言うと、「まだ、オレに働けってか?」と笑って答えてくれた。
「もちろんです、いつまでも先生でお願いします」とお渡しした。
「先生、今日は来られなかったのですが、女子一同と◯井からも、
くれぐれよろしくと言付かって来ました」と伝えると、
「今度、みんなで飯でも行こう」と言って頂いた。
「先生、私も、お酒が飲める年に成りましたので、ひとつよろしくお願いします」と
伝えたら、周りに居た松◯先生達が笑っていた。

先生は、この日2時には、学校を出る予定だったのですが、試合が長引いた事
私が突然訊ねた事などで、お孫さんと約束していた時間をかなりオーバーしていた。
「悪いな、松◯。孫とさ、これから旅行に行く約束をしててな、今日はこれで失礼するわ」
と急いで帰り支度をして帰られた。今度とお化けは出た試しが無いのが世の習いだが、
この日、先生から仰って頂いた「今度は」、是非実現出来ればと思う。
先生が帰られた後、松◯先生にご挨拶をし、「是非、また練習試合をお願いします」
と顧問に言付かった。及◯先生にも向こうに戻る事を告げ、並木高校を後にした。

自分の恩師の最初と最後に、巡り合えた事に感謝をした。
先生は当時、23歳位だったろう、そして60歳を迎え定年される。
私にとって、感無量な出来事に、どうして巡り合えたのかを考えながら体育館に戻った。
これまで、色々と遠回りをして来た。後悔先に立たずとは言うが、
当時は、それで良いと甘えていた。
それでも、何とかこうした事へ巡り会う事が出来たのは、やはりバレーのお陰なのだ。

何をやるにも、遅すぎる事は無い、いつからでも始めようと思ったら
それをやって見る事が、きっと大事なんだな。私は、それを身を持って体験出来た。
これから、出逢う子供達にも、その事を伝えて行ければと思う。



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